ここは全寮制テニプリ学園中等部。テニスに特化した生徒を学力、財力は二の次で日本全国から集め、全寮制という閉鎖空間でのびのびと育成している。
新学期第一日目の朝は、生徒会が取り仕切る朝礼から始まるのが仕来りだった。
そんな大事な朝に、嫌な予感がして柳蓮二は生徒会の仲間であり、何よりも親友である友人の個室のドアをノックした。
案の定、返事はない。
合鍵は持っていたので、遠慮なく鍵を開け両開きのドアを開けると、目に飛び込んできた光景にため息をつかされる。
まったく、こんな大事な日に二人揃って仲良く寝坊とは。たるんでる、な。
全生徒の中でも優遇の証である、特別室に用意されたのは中学生にはあまり必要性の感じられないキングサイズのベッド。
だが今は裸の二人が抱き合って寝ているのだから、どうやら無駄にはなっていない。
まったく、黙って寝ていればこんなにも可愛いのに。
柳は、まるで逃がすまいと言うように絡みつく筋肉質な太い腕の下で、すやすやと気持ち良さそうに寝息を立てている友人の美しい寝顔を細い目をよりいっそう細めて眺めた。片や、その腕の持ち主、もう一人の友人に対しては一転して冷たい目線を送りつけ、息を静かに吸い込んだ。
「ほら、仲良く寝坊している場合じゃないぞ」
思い切り音を立てて勢いよくカーテンを開け、容赦なく朝の日差しを浴びせて二人を起こす。
「む、蓮二か。何事……と、やってしまったか」
「やってしまった、じゃない。まったくお前が一緒に寝坊するとはな」
「んんー、うるさ……ぃ」
「幸村、すまん。俺も寝坊をしてしまった」
寝起きの悪い幸村だが、ほとんど反射的に眉毛を吊り上げた。
「精市、怒っている暇もないぞ。ほら、すぐにシャワー浴びてこい」
「あ、蓮二か。もう朝なのか、おはよ」
ふわぁ~と気だるげに布団を跳ね除けながら大きく欠伸をすると、何も身につけていない身体が露になる。今更、驚く事もないがただ一人、真田だけがそれに気がつくと慌てて脱ぎ捨てていたローブを手に取り幸村に羽織らせた。
さすがに同性とはいえ、恋人の裸をむやみやたらに見せるのは嫌なようだ。
柳にしてみれば、真田のほうこそデカイものをぶらぶらさせたままで何か羽織って欲しいのだが、真田はどうせバスルームへ向かうのだからと同じく素っ裸のままベッドを下りた。
「弦一郎、精市と一緒に入るなら盛るなよ」
「いや、俺は自分の部屋に戻る、すまんが幸村を頼んだ」
「ああ、それがいい」
真田は続き部屋のドアを開けて隣の自分の部屋に帰っていった。
毎朝、柳が幸村の身支度を整えるのは日課の一つだった。
これがあの全校生徒の前で凛とした姿を見せる生徒会長の実態だとは誰もが信じがたい姿だろうが、案外こんなものである。
とはいえ決してお飾りの生徒会長ではないのだが、幼い頃から何かと面倒を見たがる人間が側に大勢いた為、面倒を見てもらう癖がついてしまったようだ。
「あっつ!」
と叫べば柳はシャワーの温度調整に駆け付ける。
やっと幸村が大人しくシャワーを浴び出すと、その間に制服の用意をし、シャワーが終わって濡れたまま出てくれば身体を拭いて髪を乾かし、乾いたら髪を梳き、最後は制服のリボンを綺麗に結ぶのを忘れない。
「やっぱり蓮二の結ぶリボンが一番綺麗だな」
「人の倍は結んでいるからな」
「俺だって結べなくはないけど?」
確かに、まったく駄目ではないのだが。どこかに真田から奪える幸村との関わりがないか、と探してしまうのはもう癖のようなものだった。
そうこうしていると、制服に着替えピシっと決めた真田が続き部屋のドアから入ってきた。
「おや真田、さっきまで寝坊をしてた人物とは思えない化けようだね」
真田弦一郎はテニプリ学園の副生徒会長で、別名「黒い王子」と呼ばれていた。その由来は、男らしく整った顔立ちに、常に周囲を睨みつけるような鋭い眼差しで周りを圧倒するふてぶてしい態度を崩さず、恐れられていたから。
「幸村、お前こそだろう。きっと新入生全員が皆お前を好きになる」
そして幸村精市は全生徒の頂点、生徒会長別名「白い王子」。真田とは対照的な中性的な見た目でただ顔だけを見ていれば美少女にも間違われなくもない透明感をまとい、風も吹いていないのに長めの髪をなびかせ、物腰も柔らかく微笑を絶やさない。まさに純白のイメージからだった。
「真田はどうなんだ? 俺に惚れ直さない?」
やれやれ。親友だからもう慣らされてはいるが、こんな姿こそ下級生には見せたくないものだな、と柳は今朝もう何度目にかになるため息をついた。
「もうくっつくな。制服に皺がつく」
柳蓮二はそんな二人を公私共に支える親友であり、生徒会を裏で支える参謀でもあった。
「よし支度は出来たな。行こうか」
幸村の掛け声に、柳が勢いよくドアを開けた。
全寮制テニプリ学園中等部の新学期第一日目が今、始まる――。
(2006.4/シリーズ化を目論んでいましたがこれ以上続きませんでした)