遊びなんかじゃない

 真田は友人の手塚と跡部が所属するバンドのライブに、自分のバンドのメンバーと来ていた。勝手にお互いゲストリストに入れるのが日常で、その日は面倒で無視しようかと思ったが仲間の海堂や日吉に面白い対バンが出るから、と説得されて渋々だった。

 そこで初めて海堂達が勧める「無敵プリンス」のステージを見た。
 正直真田はその初めて聞くバンド名からたるんでる、とあまり興味を持っていなかった。
 三人のメンバーが次々とステージに姿を現すと、たるんでるという印象が間違っていないと感じる。
 ドラムは天真爛漫な子供が紛れているように見えたし、キーボードも大人ぶってはいるが小柄で発表会じゃないんだぞ、といいたいような童顔だった。
 ベースに至っては、楽器を持つのも重そうに感じる細腕で本当に演奏できるのか、と心配になった。
 それでも一人一人姿を現すだけで大きな歓声が沸いている。好みではないとはいえ三人のビジュアルが突出しているということは、真田にも分かる。
 真田達のバンドだって方向性は違うがメンバーのルックスは整っている。だがそれでもあくまでも自分達は実力派だという自負があった。
 たわけが。子供のお遊戯会じゃないんだぞ。
 何故同じように実力を重視している手塚や跡部がこんなバンドに対バンを許可したのか、まさか見た目で選んだというちゃらついた理由か? と眉間の皺を増やした時――。
 四人目のギターが登場すると、真田はそれまでの斜に構えた姿勢を一気に返上した。
 一際長身だが、決して真田より大柄ではない均整の取れたスタイル。何よりこれまでどちらかといえばアイドルのようなキラキラした可愛らしいメンバーが続いていたから、そういったアイドル系でまとめているのだろうと思いきやクールで一見冷たくも見える整った横顔に、意外性を感じた。
 そんな幸村の男らしさを感じながらも同時に美しさに目を奪われていると、キーボードの越前が「無敵プリンスっす」とそっけなく一言挨拶をし、演奏が始まった。
 四人はそれぞれが楽器を演奏しつつ、ボーカルもとっていた。
 すぐに真田はお遊戯会だなんて見た目で侮ってしまった自分を恥じた。
 それぞれの演奏レベルは高いし、歌も上手い。
 何よりギターの幸村の力強いサウンドと歌声、そしてルックスにたちまち一目惚れしていた。
 とくに「Virgin Breath」という一際歓声が上がった、お馴染みらしい曲は真田の耳にも残った。

 その後に見たトリの手塚達のバンドのステージは正直まったく覚えていなかった。

「あれ? 真田さん帰らないってことは打ち上げ出るんすか?」
「珍しいな真田が残ってるのは」
「そうか?」
 バンド・メンバーの海堂と橘に突っ込まれても素っ気ない素振りをして誤魔化したが、当然真田の狙いは無敵プリンスのギタリストだ。
 しかし今日の出演がないとはいえ真田のバンドも手塚達と並ぶ知名度を持っている。
 ライブが終わり、一般客が掃けた後に行われる打ち上げに残っているのは身内だけではなく、熱狂的なおかっけも数名いた。
 たちまち真田はあっという間におっかけに囲まれ、こっちに座ってと腕を引っ張られる。
 そこへ着替えを済ませた幸村も姿を現した。
 真田を囲んで浮かれたファンの騒ぎに幸村も自然と目線を向けていた。そこで真田と目が合うと、真田はファンを振り払うように立ち上がり一目散に幸村の隣を目指した。
 そんな真田を見て海堂と日吉は合点がいき、顔を見合わせた。
「あ~、確かにいいっすよね、あのギターの人」
 真田がどんな会話をするのか気になったが、同じテーブルにつけば真田が嫌な顔をするのは分かっていたので、二人は遠慮した。

 真田は運ばれたドリンクを幸村に渡して自己紹介をしようとしたが、幸村に先を越される。
「君、XXの真田でしょ。俺だってバンドやってるんだから君の事くらい知ってるよ」
 真田は目の前の男が自分を知っていたというだけで浮かれた。
 正直、落とす自信はある。

 真田は長身で筋トレをかかさないがっちりとした体形に、端正な顔立ちをしているが強面だった。そんな男が全身黒づくめな上、明らかにカタギではないレザーを身に着けて前から歩いてきたら普通なら避けてしまうだろうが、このバンド界隈ではどちらかというとそういう男臭いタイプの方が女のファンにも男のファンにもモテるのだ。
 だから狙った獲物の扱いには慣れているのだが、実は真田から狙うという事はほとんどなかった。

 ステージ用のメイクを落とし、素顔になった幸村は間近で見ても何の粗もなく、漂う色気はステージ上でライトが当たる時だけのものではないんだな、と思わせた。
「お前は……」
「俺は幸村、幸村精市。無敵プリンスの、って見てたんだよね?」
 幸村は自然と首を傾げてみせる。
 そんな仕草も合わせて、つい先ほどまで力強いサウンドを鳴らしていたとは思えない、グラスを掴む白く細く長い指が目に入る。
 その背後には、数名が幸村に声をかけたくて、真田との会話が終わるのを待っていた。
 そんな視線を知ってか知らずか、幸村が真田との会話を選んでいる素振りから、真田は幸村にも自分と同じようなこなれ感を覚えた。
 これだけの美貌と才能があればさぞやりたい放題なのだろうな。

 正直、これまで真田だって誰かと真面目に付き合おうと思ったことはなかった。どれだけ捨てようが、断ろうが一度でもいいから真田に抱いて欲しいというのはもちろん、バージンを捧げたいという者も珍しくはなかった。
 そんな据え膳を無視する程、聖人でも枯れてもいるわけではなかったから、真田は名前も知らない相手の要求だけを叶えていた。

 幸村もきっと同じようなのだろうな。
 そう思った時、自分の事を棚に上げて真田は胸がキュっと締め付けられるのを感じた。
 と同時に今夜の相手も決まっているのかもしれないと思うと、一方的に勝手な嫉妬さえ湧き上がる。
 今日もいつまで独り占めできるかわからんな。
 真田は焦りは禁物とはいえ、とにかく幸村の事を知りたいとあれこれ話しかけた。
 幸村の方も嫌ではなかったようで特に警戒することもなく、真田とバンドの事や自分の事など会話は盛り上がった。

 そしてそろそろ打ち上げもお開き、となった時。
 真田はいつもそうしているように幸村を家に誘った。
 会話の盛り上がりから断られるという不安もなかったし、幸村が誰かと約束をしているような素振りも見えなかった。

 これまで真田からの誘いを断る相手はいなかったし、出会ってからの時間なんて関係ないという相手ばかりの世界だ。一晩だけの関係でもいいと思った。多分、幸村だってそんな生活をしてきているはずだ。

 すると幸村は少し考えてから断ってきた。
「キミがどういうつもりで誘ってくれたのかは分からないけど……。俺は遊びなんかじゃないから」
 そして真田の耳元で囁いた。
「それに俺、バージンなんだ」

 それは真田にとって、最初で最後で最高の口説き文句になった。



(2021.11.15)


      
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