デパ地下の真田

 普段は店頭に出ることがないポジションの真田が、繁忙期のその日はデパ地下の売り場に立つ羽目になっていた。慣れない接客にたびたび困った顔をしたり、引きつった愛想笑いをしたり、シャツの袖をまくって逞しい腕を見せて商品を渡したり。ほとんどは幸村が想像したままだったけれども、意外と似合うワイシャツの上につけたエプロン姿にご近所と思われるセレブなマダム達が色めき立っているのは想像外だった。

 真田は決して格好良いとは言えないだろう不慣れな姿に、その日はここには来るなという意味で事前に幸村に教えてしまったが、それは幸村にとっては見に来いと言われたも同然だった。
 あ、真田やってるやってる。
 遠くからでも長身の真田はすぐに発見できた。真田の方も忙しいながらも幸村専用妖怪アンテナが反応するらしく、とうとう来たか、と遠くからの視線をすでに感じていた。だけど職場なのだから真田からは極力気がつかない振りをするつもりだった。もちろん、幸村のほうも無視されているという態度がわかるから、いかにも真田の部下であろう若い男性店員の側をウロウロして、その店員に声掛けさせた。

 さすがに幸村の身長で女に間違われる事はもうないが、同性だって綺麗な顔の男に微笑まれたら嫌な気はしないという事は十分知っている。幸村はそれこそスマイルの大安売りをして店員を見つめ、更には肩に手を置いたりしてその店員の言うことに大げさに親しみを込めてリアクションしていた。ほんの少しだけ、マダムに囲まれている真田への勝手なジェラシーによる嫌がらせをしたくなっていた。
 ったく幸村は何をしているんだ。
 その効果は絶大で、真田はいつしか何度もマダムに声を掛けられても、気がつかないほど幸村の事が気になっている。これでは仕事にならない。
「おい、このお客様は私が引き取るから君はあちらのお客様を頼む」
 突然、小声だけれども誰に聞かれても良い仕事口調で部下から幸村を引き離した。
「あれ? 真田が俺の接客してくれるんだ?」
 幸村は勝ち誇った顔をしている。
「冷やかしの相手、だろう。買うつもりなどないくせに」
「ひどいな、彼の接客、とても良かったから買うつもりだったのに」
 そのお財布に入っているお金は真田が渡している生活費で、買うなら俺が買えば社割が利く、と言うのも何処か余裕がないみたいで今は言いたくなかった。
「ふん、必要以上にべたべたして、俺の仕事の邪魔にしかならん」
「真田こそ、今更マダムキラーにでも転身するつもりかい? 俺に来るなって言ってたのって案外それを楽しんでいたから、なんじゃないのか?」
 結局、お互いやきもち大会で、結果的には職場でいちゃこらしてるだけだということにはどちらも気がついていない。
「あと10分で休憩だ、先に外のベンチにでも座ってろ」
「なあ、休憩の後でさ、俺にもちゃんと接客してくれる?」
「……欲しいものがあるなら俺が買っておく」
「違うんだよ。俺も真田に説明してもらって選びたいんだ。真田の手から買いたいんだ」
「ったく、ひやかしじゃないなら、断れんだろう」
「フフ、じゃあ花壇の前のベンチで待ってるな」

 約束どおり、ベンチに来た真田には幸村がカフェで買っておいたサンドイッチとコーヒーが待っていた。
 花壇が死角を作ってくれるので、人通りが少なくなると幸村はゴミを捨てて戻ってきた真田に向かって言う。
「真田、疲れただろう。膝枕してやろうか」
「ほう、随分とサービスがいいじゃないか」
「うん、実はさ、他の売り場で欲しいもの、見つけちゃったんだ」
 
 
 

加筆修正2008/04/21 2021/2/1





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