Train

 二人は今、修学旅行の移動中で新幹線に乗っていた。
 クラスは違うが同じ車両だったから少し離れた位置にいても、幸村を囲む笑い声やはしゃいだ声の賑わいは真田の指定席にまで届いていた。トランプでもして遊んでいるらしい。
 姿は見えずとも周囲の浮かれた様子を想像するのは簡単だった。
 それが面白くなかったのか、それとも単に暇潰しがしたかったのかは真田にも分からないが少なくともそれ程尿意を催してはいなかった。だが、幸村が席を立ってトイレのある車両に向かっていくのが見えると、真田も迷わず立ち上がっていた。むしろその時が来るのを待っていたのかもしれない。

 幸村が空いているトイレのドアに手をかけ中に入ると、真田もすかさず押し入った。それまで追いつこうと思えば簡単に追いつけただろうに、真田はわざと幸村に気づかれぬよう後をつけていた。余程親しくない人間には意外に思われるだろうが真田にだって悪戯心はあった。
「ちょっと、なんだよ」
 突然の不法侵入者の登場に、幸村は当然驚いた。だがすぐに真田だと分かると大声は出さずに済んだ。
「騒ぐな、気がつかれる」
 ガタン、と音を立てて真田が後ろ手にトイレのドアを閉める。その意味は何も言わずとも幸村には分かった。
「勘弁しろよ。おしっこが漏れるだろ」
「するなとは言っとらんだろ。俺も後でするから、先にしろ」
「見られてると出ない」
 真田は今更何をと幸村のクレームを聞き流し「さっさとしろ」と言うと、一応背中を向けるという気遣いは見せた。さすがにこんなところで無駄に押し問答をして幸村に粗相をさせてしまうのはマズイという理性は働いているらしい。
 幸村は観念をしたのか、ちょろちょろと遠慮した水音を立て出した。その間に真田は襟元のネクタイを緩め、シャツのボタンをいくつか外してくつろがせた。
 
 通常よりは広めではあるが、あくまでも個室という設定で作られている窓もない空間に、中学二年生とはいえそれぞれ175cmと180cm近い長身の二人が入っている。ただでさえ蒸し暑い空間に籠った空気は、うっすらと色がついて見えるように二人に重くまとわりついていた。

「で、どこまでする気なんだ? 出るのが遅いとトイレを使いたい人に悪いだろ」
 用を足し終わり、個室内の簡易な水道で手を洗いをしながら幸村が言った。
「そんなに期待をするな、キスをしたくなっただけだ」
 真田は振り向いた幸村の首に腕を回して、予告通り有無を言わさずキスをした。今更幸村が嫌がる理由はない。
 すると真田が幸村を抱き寄せたのと同時に車体がゴトンと揺れて、幸村は反対側にのけぞるようによろけた。
 決して清潔とはいえないトイレ内の壁にいくら生肌ではないとはいえ、背中が触れないようぐっと足元に力が入り、つい真田の身体にしがみつく。その際に、不本意ながらも自ら腰を押し付けるような形になってしまった。
「なんだ? おねだりか?」
「なわけないだろ。俺がこういう場所が苦手なのを知ってるくせに。そういえば、真田は結構好きだよな。トイレに押し入ってくるの、何回目だっけ?」
「おしゃべりは外に出てからでいいだろう。早く出たいんだろ」
 ガタンとまた大きく揺れた。
 バランスを崩しそうになって、助けを求めるようにしがみついてくる幸村の頭を抱えて、真田はもう一度幸村の唇を食らった。
 
 遠慮なく押し倒すのももちろん好きだが、こうして幸村が本能から手を伸ばしてくるような状況もまた、真田は好きだった。
 例えば、通学路に橋のない川が流れていたら毎日抱きかかえて渡ってやるのに、と考えるくらいに。

 修学旅行中の新幹線の揺れる狭いトイレの中。
 この中でなら幸村の腕が勝手に離れていく事はないからと、あえて支える手を緩めて幸村が慌ててしがみついてくるのを楽しんだ。幸村の指先や腕に込められた力を堪能しつつ、真田は幸村の口内に無遠慮に舌をねじ込む。

 あくまでも不快なアンモニア臭と、そのこびりついた臭いを紛らわせる為の人工的な消臭剤に除菌剤などの薬品の匂いが混ざってツンと二人の鼻にまとわりつく。
 真田にとっても決して好ましくない空間ではあったが、それを利用して確められる事は何よりも真田を癒した。
 やっと唇を解放されると、幸村ははぁはぁと思いっきり息をした。
 本当ならばずっと鼻を摘まんで息を我慢したいくらいの空間なのに。
「もう行っていいぞ」
「え? 真田だけ一人でするつもりか?」
「二人で一緒に出て行くのもマズイだろう」
「でも誰か待っていたらどっちみちヘンだろ。気分が悪いから付き添ってましたって言えばいい」
「なるほど。なら俺は見られても構わないが、お前には目の毒じゃないのか?」
 真田は制服のパンツのファスナーを下して幸村に見せるように、ボクサーパンツに手をかけた。
 その中にどんなものが窮屈に収められているのかは幸村には想像するまでもなかった。
「分かったよ! じゃあ見ないから早くしろよ」
 真田は幸村の反応がおかしくて笑いながら用を足し始めた。
 だが勢いよく響く水音に幸村はつい、真田の背中越しに覗き込んでいた。
 そしてその時、ゴトンッとひときわ大きく揺れた。
「あっ」
 幸村は真田にしがみつくしかなく、しがみつかれた真田は……。
 
 数分後――。
 幸村と真田は運よく二人でトイレを出たところを誰にも見られずに済み、二人はそれぞれ自分の席に戻っていた。
「幸村君、大分遅かったけどトイレ混んでた?」
「あ、うん。あとついでに寄り道もしてたから」
「そうなんだ。今の回が終わったら幸村君も参加するよね?」
「いや、俺はもういいや、他の人と交代するよ」
 ――真田のおしっこを拭いた手でトランプに触るの悪いから。



(2005.9.13/2021.8.26)
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