U-17大浴場にて

「アンタって脱いでもキレーなんだ」
 ちょうど合宿所の大浴場で一緒になった、青学メンバーと立海メンバー。
 どちらも今回のU-17選抜にはレギュラー全員が参加という大所帯同士で、いくら大浴場とはいえあっという間に貸し切りのようになっていた。
 一足先に湯船につかっていた不二、越前の隣に入ってきた白い足は幸村だった。
 少し長めの髪をタオルで無造作に巻きあげて、湯につからないようにしている為露になったうなじが確かに色っぽい。
「こら越前! 幸村にヘンなこと言わないの」
 手塚と真田が祖父繋がりでコートの外でも付き合いがあるという関係もあって、立海メンバーと何かと顔を合わせる機会の多い不二は身内の恥とばかりに生意気盛りのルーキー越前をたしなめる。
「いいんだよ不二。ボウヤは正直者なんだな」
 きれいなものを見て、素直にきれいと言ってしまうのは止められないよ、と幸村は不適に素敵に笑った。謙遜という言葉は幸村の辞書にはないらしい。それもどうかと思いつつ不二はなんとか作り笑顔を浮かべた。
「そう、気を悪くしていないのならいいんだけどね」
 後で文句を言われても受け付けないよ、とテニスではカウンター・プレイを得意とする不二だが相手が幸村とあっては先手を打っておくのだった。
「不二センパイ、邪魔しないでくれない? せっかくのチャンスだから立海のブチョーさんを口説かないとね」
 幸村は湯舟に並んで浸かっていても自分より少し低い目線から見上げている越前を見て、悪いと思いながらも笑ってしまった。
「俺を口説くって? 本当に面白いボウヤだね」
 だが越前にはその笑いが決して小馬鹿にされたものとは思わずに、幸村の機嫌が良いのだと解釈し――現に機嫌は良いのだろうが――調子良く続けた。
「誰でもアンタを口説きたいって思ってるんじゃない? きれいだし、テニス強いし。それに経験豊富そうだし」
「フフ、なるほど。確かにどれも否定はできないね」
 さすが神の子とでも言うべきか。大浴場にはあちこちで水音が響き、全員に聞こえてはいないだろうが、もし全員が聞いていたとしても自分で言うなと幸村に表立って突っ込む者はいないだろう。唯一不二がわざとらしく反対側に顔をそむけてはいたが。

「ばーか、部長がお前みたいなチビ相手するわけねーだろ」
 身体を洗っていた赤也が聞き捨てならない、と慌てて越前と幸村の間に割り込んできた。勢い余って飛び込んだ湯しぶきのおまけつきで広い湯船に大きな波しぶきを立てた。
「赤也、ちゃんと流してきたのかい? ほら、まだ耳の後ろに泡が残ってるじゃないか」
 ったく赤也は赤ちゃんなんだから、と幸村は最近気に入っているフレーズを言って一人でウケて笑っている。
 不二は笑ってる場合じゃないんだけど! 泡の前にマナーを叱ってよ、と心の中で叫んだ。
「ウッセ、子供扱いすんなっつってんの!」
 口は悪いが、幸村の濡れた指で耳の後ろを触れられてくすぐったそうにしている赤也は嬉しそうだった。
「ぶっ、赤ちゃんだって……」
 そんなほんわか空気をさも面白くなさそうに越前が水を差す。
「るせーな、チビ! 潰すぞ!」
「ほらほら喧嘩をするなよ。俺はもう上がるから仲良くな」
 幸村は出し惜しみなくすっと湯船の中から立ち上がると、赤也と越前の目の前につるんとした桃尻を現した。
 意図的なのかこれでは喧嘩どころではなく、あっという間に二人はお互いから目線を外し大人しくなった。
「うまそーじゃん」
「テメッ越前! いやらしい目で見てんじゃねーよ!」
 幸村が浴場から消えると、今度は二人は湯船の中でバシャバシャと大暴れして取っ組み合いを始める。
 その水しぶきが上がるまで周囲もぼうっとして幸村の尻を目で追っていたが、唯一不二だけは、あんなガタイのいい男より僕みたいな小柄なほうが抱き心地がいいに決まってる! とギリギリしていた。
「でも不二センパイ。ベッドの上に寝たら、身長差なんて案外関係ないっすよ」
 さすがアメリカ帰り。テニス以外もいろいろと経験を積んできたらしい越前が、不二の心の中をエスパーして言った。手だけは赤也と取っ組み合ったままで。
「っとに君って子はかわいくないねー!」
 越前が不二に睨まれている隙に赤也も湯舟から脱出した。
「待ってぶちょー、俺も一緒に出るッス」
 ところが勢いよく脱衣所に飛び出ると、赤也の目にはがっかりする光景が飛び込んで来た。

 腰にタオルを巻いて座る幸村の頭を背後からバスタオルでがしがし拭いているのは真田だった。
 どうも浴場ではうるさい副部長の姿がないな、と思ったら幸村よりも一足先に上がっていたらしい。
 せっかく部長を独り占めできると思ったのに、もう服を着てるのなら出て待ってろよ、と思ったが文句を言っても仕方がない。このパターンには赤也は慣れているのだ。
「俺も部長を拭きたいッス!」
 赤也は気を取り直して飛びつこうとするが、幸村に止められてしまう。
「だめだよ、赤也は俺なんかじゃなくて自分の身体を拭かなきゃ。湯冷めしちゃうだろ。風邪でもひいたら元も子もないよ」
 終始、余裕の態度を崩さない真田の表情にイラついたが、ムカちーんとは悔しくて言えなかった。下手に絡めば鉄拳が飛んでくるのは目に見えてるし、じゃあ俺を拭いてなんて冗談が言えるような隙も与えてもらえなかった。

「へえ、真田さんって怖い顔して結構マメじゃん」
 そこへ浴場から引き上げてきた越前が真田の甲斐甲斐しい世話っぷりを見て素直に驚いた。
「俺と真田はつきあっているんだからこれくらいは当たり前だろ」
 それに答えたのは幸村で、越前の後に続いて脱衣所に入ってきた不二の方をちらっと見て言うと、キっと睨まれた。手塚はまだ頭にタオルを乗せて何度目かの湯船に入っていた。

「第一、入院中なんて足の先から頭の先まで、それこそ身体中の隅から隅まで真田に拭いてもらっていたよ。俺、指一本も動かさないでいいの」
「でもそんなんだったら部長の筋肉、ずいぶん弱っちまったんじゃないッスか」
「フフフ、赤也は発想が可愛いなぁ。ベッドがあれば運動なんていくらでも出来るだろ」
 まあ、なくったって出来るけどね。病人相手じゃ勘弁して欲しいよね、と幸村は独り言のように呟いてまた笑っている。

「ずいぶんと、あけすけなんすね」
「だって隠してもしょうがないだろ。つきあっていればセックスはするものだし。いやらしいって思うからいやらしいんだよ」
 あ、つきあってなくてもする人もいるけどね、と幸村は上機嫌でよくしゃべった。
「へえ、じゃあ俺ともやんない?」
 負けん気の強い越前は真田の前でも堂々と幸村を口説く。
「幸村! うちの越前にへんなこと教えないでっ」
 真田は余裕なのか、口を挟んだのは慌てて着替えを済ませていた不二だった。風呂上りのせいか、怒りのせいか顔を真っ赤にしてクレームをつけてきた。
「おや、不二は手塚とセックスしてないの?」
「僕たちのことは関係ないでしょ!」
「うわー、手塚部長のセックスって想像したくねー、マグロ攻めって感じ」
「越前、僕たちの事どこで見たの!?」
 言ってしまってから、まずいっと不二は口を閉じたがもう遅かった。
「え? マジなんすか。適当に言っただけなんすけど」
「不二、かわいそうに……。一回真田と手塚、取り換えっこしてやろうか。セックスは愛の共同作業だから努力も必要なんだよ」
「もう! ほっといてよ!」
 不二は持っていたタオルを投げつけると、プリプリと怒りながら出て行ってしまった。

「こわいこわい。欲求不満になると余裕がなくなるっていうのは本当なんだな」
 欲求不満とは縁のなさそうな幸村は、床に落ちたタオルを拾うと椅子から立ち上がった。すっかり髪も乾き、身体も拭いてもらい手早くTシャツと短パンを身につけると、サッパリした顔で何か冷たいものでも飲もうか、と真田に声をかけ浴場を後にした。するとわらわらと後に続くように人気がはけ、ちょっとした台風一過のように浴場は静かになった。
 
 その後ラウンジで、青学と立海が混ざって風呂上りのまったりを楽しんでいると首にタオルをかけた手塚がやってきた。
「あ、マグロ部長!」
 赤也と越前がはもった。
 ギロっと手塚が睨むが、それは特別に怒っているのではなくいつもの手塚の素の表情だった。
「不二はどうした?」
 手塚はてっきり不二も皆と一緒にいるのだろうと思っていたので、ここには来ていないと言われると不思議に思い、部屋まで捜しにいくことにした。どちらかというと仲間とわいわいするのが嫌いではない不二が居ないというのは、放っておけないと考えたのだった。
 そんな手塚の背中に、あいつも多かれ少なかれ尻に敷かれている部分があるんだなと真田はちょっぴり同情の眼差しを向けていた。
 
 手塚の取った行動はある意味正しくて、これで手塚が捜しに来なければ明日一日、不二は不機嫌なままだっただろう。布団をかぶって不貞寝をしかけていた不二は手塚が来たことで一気に気分を浮上させた。
 だが、笑顔を見せようと布団から顔を出すと同時に、手塚の開口一番に涙を流したくなった。
「不二、"マグロ部長"って一体なんの事だかわかるか?」



(2009.6.27/2021.9.5)
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