世の中学生で一番忙しいと言っても過言ではない跡部は、つい一人にさせがちな他校の恋人の面倒を、忍足に任せるようにしていた。 ──立海のやつらに面倒みさせるより身内の方が安心できる。 忍足は跡部に次ぐテニスの天才でもあるし、ジャンルは偏っているにせよ読書好き、その上医者の家系で幸村の相手として不足はない。幸村に万が一のことがあっても、その手配は下手な大人よりもスムーズだろう。 だが幸村を置いて、長期日本を離れるのは今回が初めてだった。せっかくの長期休暇だが跡部は海外リゾート開発のため、仕事漬けになってしまった。もちろん留守中の幸村のことは忍足に任せることになっている。 渡航直前、跡部は幸村と忍足が揃っているところである宣言をした。 「手をだすなよ」とか「大人しくしてろよ」という言葉が逆効果であることは、帝国のキングだからこそ経験値として知っている。 人は命令されれば反抗したくなるようにできている。 「お前ら、俺様の留守中にやりたくなったらやっていいんだぜ。いちいち報告するこたぁねぇが、浮気にはカウントしねぇから」 その時二人はそれぞれに思い浮かべていた。 これは跡部が出張中に浮気するという、遠回しの宣言なのか? お互い様だから長期間離れる際のアレコレは見て見ぬふりをしよう、という話なのか? 忍足と幸村は実は跡部を知っている年数はあまり変わらない。 ただ同じ学校で同じ部活にいる分、忍足の方が跡部といる時間は長く、それは幸村がいない時の跡部を知っているということになる。 忍足は跡部が、どれだけ大勢にまとわりつかれているかを知っている。その中にはビジネス上の重要人物がいてもおかしくない。 ──跡部にも罪悪感ってもんがあるんか? だが幸村は自分が知る跡部景吾が、世間のイメージと少し違っていることをわかっていない。 ――あんなことを言ってるけど、跡部は俺以外には簡単に手を出さない。 そこまでわかっていても跡部の意図は届いていない。 ――どういうことだろう? 逆にそれまで何の意識もしていなかった忍足のことを、そういう目で見るきっかけになってしまったことに跡部は気づいていない。 忍足はそれがある種のけん制であることにもうっすら気づいていた。 実際、目論見通りではなくとも幸村は忍足への態度に意識が混ざってしまった。 でもそれで忍足はわかった。 まったく脈がないわけではないんやな、と。 跡部が日本を離れてほぼ三週間。 毎晩、とはいかなかったが、できる限りビデオ通話はしていて、日々幸村の元気な顔は見ていたから安心はしていた。 それでも、離れていて直に触れられないのは素直に寂しい。 もともと孤独を理解していた跡部に、孤独の寂しさを教えたのは幸村だ。 幸村を失ったら、これまで築き上げた氷の世界が溶けてなくなってしまうとさえ思うほどに。 なるべく早く戻れるよう仕事に集中した成果はあり、一週間ほど早く帰国できる目処がついた。 早く戻れることは前日の通話で言わなかった。 予定通りあと数日で戻れる、それだけ伝えて画面越しのキスをして通話を切っていた。 跡部の企みとしてサプライズ――は、建前でもある。 あの日以来、忍足とはメールのやりとりしかしていない。 定期的に幸村のことを報告しろ、とそれは日本に居る時からの習慣で、定期報告のようなものだったが、そちらでも何も変わらず元気にやっていることは聞いていた。 もちろん幸村と寝たとかどうした、という二人に関することは何も書かれていないし、幸村に「忍足とはどうなんだ」とも聞いていないし、幸村から忍足の名前が出ることもほとんどなかった。 ――綺麗すぎんのも逆に怪しいってこともあるんだぜ。 追及することもできるが、それは画面越しではなく直接するべきで、その前に何をどう追及するのが得策なのか、少しでも正確な判断材料が欲しかった。 ――だが本当に抑制が効いて何もなく済んでいたら、下手に詮索するのは悪手だ。 そんなことを考えながらリムジンの窓から久しぶりの東京の街を眺めていた。 すると跡部の目にある光景が飛び込んで来る。どんなに人混みに紛れようとも跡部のインサイトが間違えるはずがない。 すぐに車が追い越してしまったが、確かめなくとも目立つ二人だから間違いない。 忍足と幸村が並んで歩いていた。 それだけなら別にかまわない。ちゃんと面倒見てくれてんだな、と改めて感謝するだけだ。 だが――。 二人の手が繋がれてさえいなければ。 二人が留守中にセックスしたとかしてないとか、跡部にはちっぽけで本当にどうでもよくなった。 それよりも厄介なことになっている。 ――いつからだ? せめて前からであって欲しい、と思った。 その方が自分の失敗を認めないで済む。 (2022.11.11)